DC通信No.69 05/05/02
「結託体制」と運転保安の危機
反合・運転保安闘争の強化のために

DC通信目次 

「結託体制」と運転保安の危機
反合・運転保安闘争の強化のために

(この文章は、1997年10月12日、62名の重軽傷者をだした中央線大月駅事故に対する動労千葉の見解として機関誌『動労千葉』bP9に掲載されたものです。利益のために安全を切り捨て、合理化・スピードアップ・過密ダイヤを進めるJR東日本とJR東労組を批判し、JRにおける安全の崩壊に警鐘を乱打しました。JR西日本における尼崎事故の原因と責任を明らかにするうえで重要であり、ここに再録しました。 )

はじめに

JRの安全が危機に瀕している
 昨年10月12日、中央線大月駅下り本線を約100q/hで通過中の特急列車に中線からでてきた入換車両が衝突し、7両が脱線、31名の乗客・運転士が病院に運ばれ62人が重軽傷を負うという事故が発生した。「死者がでなかったのは奇跡に近い」と言われる重大な事故であった。
 また、中央線では、年明け以降、車両故障や保安装置故障、降雪時の人的・設備的対応能力の崩壊、システムダウン等による連日の輸送混乱がつづき、とくに「1月中に東京−松本間の全線でダイヤどおりに運行したのは1日だけ」(山梨日日新聞)という状態を呈した。2月に入ってからも、3日の信号機故障を皮切りに、翌4日は、昨年12月に導入した「ATOS」(東京圏輸送管理システム)がダウンするなど、深刻な運転保安の危機がつづいた。また、新幹線総合システムのダウンという事態も起きている。列車を安定して運行する仕組みが崩壊してしまっているのである。これは、限度をこえた要員削減や外注化政策、極端な機械化・自動化・コンピューター化など、様々な要素が複合した結果としておきたものであるが、根本的な問題は、鉄道を安全かつ正常に運行する技術力の養成や継承の体系を崩壊させてしまったことにある。
 JRの輸送混乱の続発は、マスコミが一斉にとりあげ、運輸省も、2月5日にJR東日本を呼び、「信頼と伝統が最近崩れている」と再発防止を求め、国会議論の対象にもなるなど、大きな社会問題となっている。
 国鉄がJRに移行した1987年度と比べて、1996年度の運転阻害事故の発生件数は、別表のとおり、1・7倍に増加している。とくにJR東日本は突出しており、2・2倍に急増している状態だ。正確無比を世界に誇った国鉄は、JRに移行してからの10年間で、「まともに動かないJR」という現実が共通の認識となるまでに堕ちてしまった。JRの安全は、今まさに危機にひんしている。

一切が隠ぺいされたまま
 動労千葉は、この間、大月駅事故以降、事故や輸送混乱多発の原因究明を求めて、本社・支社と幾度となく団体交渉を行ってきたが、JR東日本は、事故直後にごく簡単な事実経過の概要を発表した以外、大月駅での事故発生からすでに半年がたつにもかかわらず、未だ、その根本的な原因がどこにあり、事故発生に至る要素がどのように存在していたと認識しているのか、何ひとつ見解を明らかにしていない。
 支社段階に至っては、「大月の事故については(本社から)紙っぺら一枚おりてこない」と言って嘆いている状態であり、また、大きな社会問題になっている中央線の輸送混乱についても、事故種別毎の発生状況等、どのような事象によって輸送混乱が多発しているのか、その具体的内容の解明を求めた申し入れに対して、「他支社の管内で起きていることであり、具体的な内容は報告が来ない、調査したがわからない」と主張し、具体的な議論に入ることもできない状況にある。
 これはどう考えても異常なことだ。本来であれば、起きた事故についての事実関係や認識・教訓等は直ちに全体化され、具体的な対策がとられなければいけないはずである。これは安全対策としてはイロハに属することだ。しかし、「輸送業務の最大の使命」であるはずの安全問題まで、一切を隠ぺいしてかかるというのが現在のJR東日本の偽らざる姿なのだ。なぜこのような対応が生じるのか、その理由ははっきりしている。大月駅事故をはじめ、この間浮きぼりになった運転保安の崩壊状況は、分割・民営化以来のJR東日本の経営姿勢・経営体質そのものの矛盾が積み重なった結果として、起こるべくして起きたものだからである。安全がこれほどまでに危機的状況にたった背後には、急激な合理化・要員削減による安全の切り捨てという要素に加え、JR東日本と東労組・革マルの結託体制による支配という問題が潜んでいる。安全問題に触れたとたんに、JR東日本の十年間の暗部がすべて噴きださざるを得ないのである。だからこそ、彼らは一切を隠ぺいしようとするのだ。
 とくに大月駅事故は、JR体制の10年間の矛盾が凝縮して噴出した性格をもっている。ここに焦点をあてなければ、事故の本質的な原因は絶対に明らかにはならない。ひとつだけはっきりとしていることは、「信号機の見間違い」「ATSの電源を切ってあった疑い」等、表面的な事象だけを「事故原因」として、当該の運転士に一切の責任を着せて、今回の事故の本質に蓋をしてしまうようなことだけは、絶対にしてはならないということだ。バイトレスという学者は、「不注意という言葉は、事故の真因を隠す煙幕のようなものであるから用いないほうがよい」とさえ言っている。

当該運転士への責任転嫁を許すな!
 しかし、今、労資ぐるみでおこなわれているのは、露骨なまでに当該運転士に全責任をかぶせて、真実に煙幕をはってしまおうとする対応である。
 大月駅事故の当該運転士は、逮捕・保釈後に在宅起訴されて、「起訴休職」(賃金の支払いは60%)の身分に置かれて、現在裁判が行われているが、会社も、JR東労組も本人に弁護士すらつけていないのだ。
 そもそも、東労組の対応は事故の直後からはっきりとしていた。JR東労組東京地本の機関紙「JR東労組東京」は、事故直後の11月1日号で次のように書いている。「今はっきり言えることは、当該運転士の証言やマスコミ報道によると『入換信号機を見ないで、下り出発信号機の青信号で出ていった』ということです。この事実だけを見ても第一原因は『信号機の見間違いにあった』と言わざるを得ません」と……。繰り返し「当該運転士が悪い」というのだ。当該の運転士を守ろうという構えは一寸もない。この記事には、事故の背後に潜む問題点の指摘は一切ない。
 これは、自らの組合員に対する書き方としてあまりにも尋常ではない。しかも、事故直後の原因究明もいまだ結論がでていない段階で、なぜこのような記事をわざわざ掲載しなければならなかったのか。会社と一体となって、自らの組合員を犠牲にして煙幕をはり、経営責任に追及の手が及ぶことをくい止めようとしたとしか考えられないことだ。
 また東労組千葉地本の対応も異常なものであった。われわれが、大月駅事故に対し、運転士の促成栽培的な養成方法、線見訓練のあり方等、JRの経営姿勢・指導責任を追及し、不当な労務政策によって、ベテランの運転士が多数を外されていることについて、ビラまきを行ったとたん、これを「政治的な利用だ、介入だ」と言って噛みついたのである。一体なぜこのようなことまで言って事故原因を「本人のミス」に極限しなければならないのか。
 このようなJR東日本の対応と東労組の対応からは、現在の癒着・結託体制の異常な体質が鮮明に見えてくる。このままではまた重大事故が起きる。闘いなくして安全なし。われわれは、自らと乗客の生命を守るためにも、事故の根本的な原因とJR東日本の責任を徹底的に追及しなければならない。

大月駅事故はなぜ起きたのか

事故責任はJRにある!
 大月駅事故を検証すると、背後に潜む無数の問題点が浮かびあがってくる。
最も直接的な要因としては、当該運転士がこの入換作業に従事するのは、1年10ヵ月ぶり(初公判で検察は、2年6ヵ月ぶりの作業であったとの事実認定を行ったとも報道されている)の作業であったにもかかわらず、事前の訓練も行われておらず、指導員の添乗もなかったことがある。3月31日付の朝日新聞は、11日に開かれた当該運転士の初公判に触れて、次のように書いている。「JRの指導体制に背筋が凍る思いだ。検察官が次々と明らかにする事実に息をのみ、事故現場が頭をよぎり、身震いした。…… 彼は見習い期間中の研修で入れ替え作業をやっただけ。2年6ヵ月ぶりの作業にすっかり手順を忘れていた。『どうしよう』。運転席についていよいよ慌てた。ろうばいしている姿を車内の清掃員が見ている。事故は自然の流れだった」。
 国鉄当時は、3ヵ月間担当しない線区・箇所に乗り入れる場合は線見訓練を行わなければならない、との内部規定があり、こんなことは起きるはずもなかった。しかしJRになってからは、こうした定めは一切取り払われてしまったのである。しかも、この点に関するJR東日本の団交での回答は、「不安ならば、指導員の添乗を要請するか、誰かに聞けばいい」というものであった。要するに、そんなことは会社の責任ではないというのだ。
 とくに、事故が起きた作業は、本線を使用して、通過列車の合間をぬって入換を行う危険作業であった。国鉄時代であれば、このような作業には、誘導担当者がついて、その指示のもとに入換が行われていた。しかし、合理化によって誘導担当者の配置も廃止されてしまった。設備的な面から言っても、安全側線も作られていなかった。また当該運転士は事故歴が多く、何度も乗務を降ろされていたことも事実であった。事故が起きてもおかしくはないような条件は幾重にも重なっていたのだ。
 国鉄時代には、入換作業について、9項目の「要注意箇所」が指定されていた。そのうちのひとつに、「本線横断の入換線をもつ停車場」という項目もあげられている。「運転事故防止の実務」では、要注意箇所について、「関係者は、なにゆえに要注意箇所なのかを熟知して、基本的には、設備面で要注意項目を排除していくことが大切であるが、早急に解決できない箇所もあるので、運転線区別に要注意箇所一らん表を作成して、理由とそれに対する事故防止の手段を、はっきりは握し、ふだんからこれに対する特段の注意喚起と、取扱いに習熟するよう努力しなければならない」との指摘が行われている。
 JR東日本、そして三鷹電車区当局は、こうした基本的な事故防止努力の一切を怠っていたとしか考えられない。事故防止に対する基本的な構えさえあれば、長期間携わっていない新人の運転士を、事前の訓練も行わず、指導員も添乗させないままで、このような危険箇所を含む行路に乗務させるようなことは起きるはずはないのである。

あいまい化されつづけてきたATSの取り扱い
 また、事故後に、ATSのスイッチが入っていなかったことが大きな問題として取り上げられたが、当該運転士が所属していた三鷹電車区では、ATSのスイッチを切らなければできないような入換作業が多い。ちなみに、大月駅構内の入換でも、ATSを切らなければできない作業があるのである。当該運転士もこれまでATSを切って入換を行う仕事に従事しており、このようなミスや勘違いが発生する素地は日常の作業のなかに潜んでいた。
 しかも、ATSの取り扱いに関する規程や指導は、JRへの移行にともなって改悪され、きわめてあいまいなものになってしまっている。例えば、国鉄時代の「動力車乗務員執務基準規程」では、ATS警報の表示があった場合、「列車が停止するまでブレーキを緩解してはならない」と明確に定められていたが、「動力車乗務員作業標準」では、「ブレーキ手配を行い、当該信号機の外方50メートルまで注意して進行すること」と、停止する必要はないとしか読めない内容に変更されてしまっている。
 とくに千葉支社では、50メートル手前どころか、「輸送混乱時は、輸送障害を増大させることになるので、最前の注意をはらって当該信号機に近づき、その閉そく区間内(信号機を越えて)に停止すること」という指導文書がだされ、その直後に、乗客と運転士の尊い生命が奪われた、東中野駅での列車衝突事故が起きているのである。このときもJRは、その指導文書について、「間違いやすい表現があったが、撤回するつもりはない」という、自らの責任逃れだけに汲々とする対応をしつづけた。
 こうした経過を見れば、運転保安の要とも言うべきATSの取り扱いについて、ほとんど指導らしい指導は行われていなかったと考えても不自然ではない。

大月駅事故と同じ状態の日常化
 問題は、三鷹電車区ばかりではなく、現在のJR東日本では、このような状態が日常化しいてるということだ。大月駅事故の直後、マスコミ等で、長期間担当していない作業であったことが問題となっている状況のさなか、千葉運転区で、総武緩行線担当の臨時行路を、全く乗り入れた経験のない運転士に指定するという問題が発生した。しかも当初、区当局は、指定された運転士と動労千葉からの抗議にも係わらず、この勤務指定をそのまま強行しようとしたのだ。結局は抗議によって、その区間は指導員をハンドル担当とし、担当運転士を添乗扱いとするとの整理を行い、その後の団交でも、「申し訳なかった。今後は各運転士がいつの時期にどの線区を担当したのかを各区できちんと把握しておくよう指導する。個々人のデータをコンピューターに入力し、把握する準備を始めている」との回答が行われたが、現在のJRの実態はこのようなレベルなのである。国鉄時代には考えられなかったことだ。

JR東日本の運転士養成の実態

士職の養成のあり方自身に重大な欠陥が
 しかしそればかりではない。より本質的な問題はその先にある。当該運転士は24歳、士職の経験年数のごく浅い「平成採用組」だったが、JR東日本で行われている、士職の養成のあり方そのものに重大な欠陥があるのだ。
 新人の運転士・新人車掌に事故が多発しているという問題は、会社自身が自認していることであった。例えば、全運転士を対象とした定例訓練にあたって、千葉運転区で九五年に配布された「伝達事項」という資料には、「新人運転士・新人車掌に事故が多発しています」という項目が全10項目の冒頭に記載され、入換信号機冒進等の事例を付して注意が喚起されている。それも2ヵ月連続しての話しだ。
 国鉄時代には、こんな文書が配布されるなど考えられなかったことだ。JRがこのような文書を配布せざるを得ないという状況は、当局自身が、士職の養成方法に欠陥があることを自認し、自白しているに等しいことだ。しかし、この点に関するJR東日本の本社交渉での回答は、「一部区所において、事故防止を喚起するための指導文書が配布されているが、そのことをもって安全に関する基本的な姿勢に問題があるとは考えていない」という、ごう慢不遜としか言いようのないものであった。
 しかし現実は、問題がないどころの話しではない。実際千葉支社でも、大月駅事故の直前(昨年9月)、習志野電車区で、入信を確認しないまま列車を出区させ、ホームに据えつけてしまうという事故、直後の10月17日には、京葉電車区で「入信を探しながら出区させたが見つからず、前方に列車の後部が見えたので停車。先行列車が動いたのでそのままホームに据えつけた」という信じられないような事故が起きている。いずれも「平成採用」の運転士である。このようなことが、全国各地で頻発しており、大月駅事故は、氷山の一角に過ぎないのだ。
 とくに、大月駅事故の特徴点は、当該運転士が、「入換信号機ではなく、下り出発信号機を見て列車をだしてしまった」と供述していることである。ブレーキ時期を逸したための一般的な信号冒進ではない。言うまでもなく、入換信号機と出発信号機は、形態も機能も全く違う。列車がどのような仕組みで動き、安全がどのような仕組みで確保されているのか、というごく初歩的なことが理解できていないまま運転している運転士がどんどん送りだされているということだ。前述の京葉電車区のケースも全く同じである。これは、断じて本人の責任に帰して済ましてしまうことのできない問題である。士職の養成のあり方、指導のあり方そのものに遡って、こうした状態を生みだしてしまった原因を追求しなければ、根本的な解決の方途を見つけだすことはできない。

大幅に短縮された養成期間、形骸化された内容
 別表のとおり、国鉄時代のドライバーコース(予科採用)は、採用から運転士試験合格まで、最低でも4年半近くを要したが、JR東日本では、採用から運転士になるまでの期間は、3年そこそこに短縮されている。
 教育期間以上に問題なのはその内容だ。何よりも、学園教育やハンドル訓練の期間がほぼ半分に短縮されてしまっているのがわかる。それだけでも重大な問題だが、しかしより深刻なのはそれ以外の部分である。

国鉄  (動力車乗務員の新養成体系/予科制度の場合)
学園教育
検修職・構内職など
学園教育 ハンドル訓練
6ケ月
3年以上
10.75カ月以上

JR東日本 (92年度採用者の場合)
営業職
車掌見習
車掌職
学園教育 ハンドル訓練
10ケ月
2ケ月
1年4ケ月
9ケ月

 新規採用者は、入社してすぐ駅に配属されるが、期間はわずか10ヵ月。当然にも、駅員として責任をもった仕事をするまでに至らないうちに車掌見習となって異動する。しかも、現在の駅の状況は、新採が配属される国電区間で言えば、各駅の駅員の実に3分の1から半分が東北地方からの広域異動者か新規採用者である。広域異動者は2年間で帰任してしまう足かけ的な配置に過ぎないし、新規採用者はわずか10ヵ月しか職場に居ない。しかも駅要員は大幅に減らされているという状況のなかで、ただでさえ「こんな状態では仕事が回るはずがないし、仕事を教えることもできない」と悲鳴があがっているのが現実である。このような状態のなかで、責任をもった仕事につき、鉄道に働く者にとって安全を守ることの重要性やその責任の重さなどを身をもって学ぶことなど望むべくもないことだ。
 車掌になってからも同じようなものだ。例えば、JRになって以降、快速列車や特急列車が駅を通過する際の通過監視の義務が、車掌の業務から削除されてしまった。だから車掌は、駅を発車したら車掌室をカラにして車内改札に回ってしまう。これが当局の指導なのである。後方防護要員・保安要員としての位置づけをなくしてしまっているのだ。だから、1年4ヵ月あまりの間車掌を経験して身につく感覚は、「いかに収益をあげるのか」ということだけになってしまうのは当然である。
 しかも、駅−車掌−運転士というコースからして、机上で形式的に学ぶ以外は、車両の構造等は全く知らないまま運転士になるのだ。車両故障時の応急措置などは対応できるはずもない。
 このような職場の現実、士職養成の実態のなかで、運転士見習として運転職場に配属されたものが、どのような感覚で運転士となっていくのかは、おのずと明らかである。そもそも、JRが駅−車掌−運転士という昇進ルートを作ったひとつの理由は、「運転士も『営業感覚』をもつ必要があるから」だというのである。「安全よりも営業感覚」という方針のもとで、どんどん運転士が促成栽培されているのが現在のJR東日本の実態なのだ。

「結託体制」こそ、運転保安崩壊の元凶!

なぜ、こんなことをつづけるのか
 しかし、なぜJR東日本は、「平成採用」運転士の事故多発をめぐる事態の深刻さを百も承知の上で、このような運転士の粗製濫造を頑なに続けているのだろうか。必要に迫られてのことか。現実はそうではないのである。実際、こんなにも拙速な方法で士職を養成しなければならない理由など何ひとつない。
 即席で運転士を次々と作りあげる一方では、動労千葉や国労に所属する多くのベテランの運転士が、士職を外されて強制配転されたまま「塩漬け状態」に置かれているし、また多数の者が、国鉄時代に運転士試験に合格し資格を取得していながら、十数年間も発令されないという不当な差別を受けているのだ。つまり、ベテラン運転士を本務に戻せば、「平成採用者」はその分いくらでも時間をかけて充分に教育することができるのである。
 しかし、どんな重大事故が起きようとも、「安全よりも労務政策=動労千葉や国労潰しを優先する」というのが、現在のJ東日本と東労組が一致しておし進めている労務政策である。これが否定しようのない現実なのだ。つまり大月駅事故の原因をたぐっていけば、その背後に、JR東日本と東労組の結託体制が孕む問題点につきあたらざるを得ないのである。その意味で、「大月駅事故の責任はJRとJR東労組の結託体制にある」と言っても過言ではない。
 そもそも、動労千葉や国労の組合員を運転士から徹底して排除し、JR東労組に置き換えていくという方針は、国鉄分割・民営化攻撃が始まって以来十数年間の最も中心をなす労務政策であった。
 例えば、国労の実態調査によれば、分割・民営化に際して、国労東京の運転士の48・5%が職場を追われている。これは、狙い打ちされた組合役員の配転率よりも高い比率であった。その後に納まったのは殆ど旧動労の組合員である。動労千葉に対しては、延べ2万q以上に及ぶ運転行路を東京に業務移管するという攻撃が仕かけられ、無理やりに「余剰人員」を生みだして、強制配転が行われた。
 このような異常な労務支配が、今日まで十数年間にわたって、一切に優先されてつづいている。ちなみに、当該運転士が所属していた三鷹電車区でも組合差別が横行し、予備勤務17名のうち14名が国労のベテラン運転士だった。
国労に所属しているというだけで「万年予備」状態に置かれつづけているのである。まさに大月駅事故は、このような不当な労務政策によって惹起された事故であると言っても過言ではないのだ。

「安全よりも営業感覚」・・・・・日常的な指導・訓練の問題点
 このように、運転士の養成期間が短縮されてしまっていることを前提とすれば、日常的な指導・訓練のもつ位置は、決定的と言っていいほどの重要性をもつことになるはずである。しかしJRは、指導・訓練についても、安全という問題を主眼にすえたこれまでのあり方を形骸化・解体してしまっている。
 例えば、毎月の定例訓練だが、国鉄時代は、規程類の反復訓練や事故例に関する訓練が中心であった。これは、旧動労も運転保安の観点から強く要求し、そのような訓練のあり方が確立されてきたものだが、国鉄当局も、「運転士は一旦運転席に座ったら規程に定められたこと以外は、例え国鉄総裁の指示だとしても聞いてはならない」、ということを徹底して指導したのである。
 国鉄当時、「運転事故を予防するための指導訓練項目」として定められていたのは、@ 各種基準規程、標準、作業内規など運転作業の規範となる関係法規の熟知、A 使用動力車の性能構造および応急措置要領の熟知と、各種機器の取扱い並びに操作の習熟、B 運転線区内の各種信号機の建植位置とその指示条件、および線路の状況並びに各停車場内の配線の熟知、C 過去の運転事故から学ぶこと、の四点である。
 ところが、JRになってからの訓練は、運転士同士を競い合わせる「競技会」や車両故障の応急措置等の現車訓練、車掌との融合を目的とした合同訓練等が中心になってしまっている。日常の訓練が、安全よりも競争、事故防止のための地道な努力よりも車両故障時などの事後対応、士職としての不断の努力よりも車掌との融合、……という軽薄な精神に変貌してしまったのである。
 さらには、先に述べた、「運転士も『営業感覚』をもつ必要がある」という方針のもとに、指導員や指導操縦者を中心に、運転士を順次「サービス研修」に送り込むようなことまで行われている。この研修では、「ありがとうございました」「いらっしゃいませ」等、接客マナーが延々と繰り返される。考えられないような事故が多発している状況のなかで、安全などそっちのけでこんなことが行われているのである。まさに愚の骨頂としか言いようがない。
 さらに付言すれば、日常的不断の地道な指導・訓練や安全のための努力が軽視される一方で、職場に蔓延しているのは小集団や提案・増収活動である。これに熱心かどうかが「JRに相応しい社員」か否かの判断基準になり、組合所属と並んで、昇進や異動の基準にされているのである。労働者は、会社への服従の「踏絵」としての小集団活動や増収活動やに追われ、指導員が乗務員の指導をそっちのけで、小集団活動のパソコンに一日かじりついているというような状態が日常化している。こんな状態のなかでは、安全が二の次三の次になるのは当然のことという他はない。

網の目のように組み込まれた差別・不当労働行為
 そればかりではない。@ 運転士見習のハンドル訓練を担当する指導操縦者の指定、A 運転士全体の指導にあたる指導員の指定、B 就業規則上では指導・計画・調整・運用等の指導的業務を担当することになっている主任運転士への登用、C 日常的な列車の運行管理にあたる指令員への登用等が、全て、業務の遂行や安全を確保する上で適任かどうかという判断ではなく、JR東労組であるかどうかということが一切の判断の基準にされてしまっているというそら恐しい現実が全職場を覆っている。養成や指導の系列そのものが、労務政策によってズタズタにされてしまっているのだ。
 例えば、千葉支社管内では、76名のECの運転士が指導操縦者(本線運転士総体の約14%)に指定されているが、このなかに動労千葉・国労の組合員は一人もいない。ちなみに、動労千葉と国労の運転士数は管内の過半数を超えており、しかもベ30歳代後半から50代のベテランの運転士では、動労千葉・国労所属の者が圧倒的な多数を占める。にも係わらずこれが現実なのだ。また昇進についても同じである。JR発足以降の千葉支社での主任運転士への登用者は、76%以上がJR総連であり、鉄産労を含めると実に96%を「労使共同宣言組合」が占めている。
 こうした現実のなかで、職場は、運転士になってわずか3年あまりの経験しかない者が主任運転士になり、あるいは指導操縦者になって運転士見習や40代、50代のベテラン運転士を「指導」するという、信じられない状態におかれている。
  このわずかな例だけを見ても、安全とか運転士として必要な技術力の養成という問題がそっちのけにされていることは明らかだ。
 また、同じ事故を起こしても動労千葉や国労の組合員と東労組の組合員では処分の重さが違うという厳然たる差別を通して、「俺は東労組だからどんなミスをしたって大事には至らない」と雰囲気が蔓延している。実際そのように公言する運転士すら居る状況だ。・・・・・これが今のJRの偽らざる実態なのである。
 「平成採用者」は、職場に配属されて、こうした現実をつぶさに目にするのである。この会社が、何を基準にして運営されているのかは、歴然とした差別の現実などを通して、否応なくたたき込まれることになる。こうした職場で育つ者が、安全について真剣に学び、考え、身につけていくようになるのは至難の業に近いことだ。

「余分な情報は与えるな!」
 さらには、携帯時刻表がコンピューター出力となって以降、日々の乗務の指示書というべき携帯時刻表から、行き違い列車や到着番線、注意事項等の記載が省略されてしまっているという現状がある。
 毎日新聞によれは、当該運転士は「あずさが通過することも知らなかった」と供述しており、これに対しJR東日本は「余分な情報を与えるとかえって混乱を招く」との見解を示していることが報道されているが、ここには、現在のJR東日本の安全に対する姿勢が典型的に示されている。
 千葉でも、団交の場などで、「運転士は信号に従って運転すればいい。余分な情報を与えるとかえって混乱を招く危険性がある。現実に運転事故は大幅に減っている」と、全く同じ対応が繰り返されている。
 しかし、運転士が『あずさ』の通過後に入換え作業を行うことすら知らなかったというのが事実だとすれば、三鷹電車区当局の日常的な業務指示や指導のあり方こそが問われなければならないのは当然のことである。
 少なくとも国鉄時代には、当局が作成した動力車乗務員の事故防止に関する教則本ですら、その冒頭で次のような提起がされていた。「事故がへればへるほど事故防止策は細かく、かつ具体的であらねばならない。『信号の確認』とか『打ち合せの徹底』とか言う文字で事故防止対策なれりと考えたのは昔のことで、今は、ひとりひとりの、しかも、仕事をする場所毎の、すぐ応用できる方策を乗務員に示さなければ真の効果は期待できない」(『動力車乗務員の運転事故防止』/関東鉄道学園編)と。
 こうして見ると、国鉄当局の主張ながら、現在のJRの安全に対する姿勢、その精神との落差は、画然たるものがあるのがわかる。

歪んだJRの実態―技術継承の崩壊
 このようなことを10年間にもわたって続けてきた結果、JRという会社組織を極端なまでに歪めてしまっている。安全を守るためにコツコツと目に見えない努力をするような管理者は評価されないどころかむしろ排除され、何ひとつ知識も技術力もない者が動労千葉・国労潰しの労務政策に熱心だというだけで昇進し、運転経験もなく規程ひとつ知らない者が動労千葉や国労を脱退したというだけで指令員に登用され、安全に対する責任体制やチェック機能が崩壊し、しかも、旧動労の流れからして、JR東労組が結託した最大の部署が運転部であったことも災いして、列車運行や安全の中枢を担うべき運転部が専ら労務政策を行う、…… 等々という事態が蔓延してしまっているのである。
 とくに、指令員の資質の低下は深刻だ。例えば、大雪によって列車ダイヤが大混乱に陥った1月9日、指令員が、延長34両の有効長しかない久住駅構内に、延長36両の貨物列車を入れてしまうという、重大な規程違反の指示が平然と行われている。それも、機関士が、無線で「延長両数が足りないので入ることはできない」申告しているにも係わらずである。このようなことが日常茶飯事となっているのだ。
 鉄道輸送に携わる会社である以上、その根幹にすえられなければならない課題は、複雑な列車ダイヤの設定や日々の運行管理をはじめ、運転士の養成や車両・電気・施設等各系統の保守、検査・修繕等、多岐にわたる技術者の養成、技術継承という困難な課題をいかに確立していくのかという問題である。それは、形式だけ整えておけば済むというような単純な問題ではない。技術力養成・継承の有形無形の体系が確立されていないところには、安全の確保という課題も成立するはずはない。
 ところが、JR東日本と東労組の結託体制は、安全の確保にとってベースとなるこの体系を完全に崩壊させてしまったのである。それにとって代わったのは、述べてきたように、「差別と不当労働行為、組合潰しの体系」ともいうべきものである。それも、一部の労務担当部門や人事管理部門がこのようなことを行うというレベルではなく、安全や技術継承という企業としの根幹をなす部分にまで網の目のように組み込まれ、会社そのもものが「差別と不当労働行為、組合潰しの体系」によって運営されていると言っても過言ではない状況を生みだした。経営トップの姿勢にはじまり、各系統の技術力養成のあり方、職場段階での日常的な業務遂行・指導のあり方まで含め、鉄道輸送の安全確保にとって根幹をなす部分がズタズタに切り裂かれてしまっている。これは、ある意味では当然の帰結であった。なぜならば、安全を守るための地道な努力ということを少しでも真剣に考えたときには、組合所属よる差別などという要素は一切入ってくる余地はなく、逆に、組合差別を一切の判断のベースに置くような労務政策と安全は両立しようはずもない性格のものだからである。

運輸省令―安全確保条項違反
 「鉄道運転規則」(運輸省令)は、その第七条(運転の安全確保)で、「列車又は車両の運転に当たっては、係員の知識及び技能並びに運転関係の設備を総合的に活用して、その安全確保に努めなければならない」と定めている。このような省令の定めからすれば、現在JR東日本がやっていることは、明白な法令違反である。動労千葉や国労潰しを一切に優先させるJR東日本と東労組の異常な労務政策は、労組法違反=不当労働行為というレベルばかりでなく、鉄道運転規則の安全確保条項に違反する違法行為としても弾劾されなければならないのである。

安全を崩壊させた大合理化

最大の原因は、国鉄分割・民営化そのものにある
 大月駅事故の背後には、より大きな問題として、徹底した効率化・要員削減攻撃によって、安全の切り捨てと猛烈な労働強化が労働者にのしかかっている現実がある。先に述べた、技術力の養成・継承という課題を崩壊させた最大の要因も、実は国鉄分割・民営化攻撃そのものにあるのだ。
 分割・民営化攻撃の過程で吹き荒れたのは、徹底した差別・不当労働行為ばかりではなく、ぼう大な国鉄労働者の首切りと、そのための限度をはるかに超えた大合理化攻撃であった。
 1983年度当初、35万8000人であった国鉄の所要員数が、1987年のJR発足時には、18万3千人まで削減されたことを見れば、その合理化・要員削減攻撃のすさまじさは歴然としている。わずか四年間で、国鉄の職員数はまさに半減したのである。
 国鉄分割・民営化までの4年間で、運転士の1日平均乗務キロは、約1・6倍に増え、後に述べるように、JR発足後も労働強化はとどまることを知らずにつづけられた。その一方では、車両や線路、電力・信通系統等の検査部門、列車係、各駅のホーム要員など、専ら安全の確保にたずさわる部門は、「非採算部門」であるとの理由から、大規模な切り捨て・手抜き・省略が行われた。例えば、車両の検査周期は、仕業検査(48時間毎)から、工場での全般検査(48ヵ月毎)まで、5段階の検査が定められていたうち、台車検査(1年毎)が廃止され、残る4段階の検査も、その周期は全て1・5倍に延伸され、なおかつ、一編成あたりの検査要員の配置数も、約3分の2に削減されたのである。また、主要駅には必ず配置されていた派出検査も、そのほとんどが廃止された。検修部門ばかりではなく、線路や電気系統の検査周期の延伸や職場の統廃合、保守担当区域の広大化など、全系統・全部門で、全く同じことが強行されたのである。

年令構成の歪み、技術断層の深刻化
 こうした要員削減・保安体制の解体を背景に、首切りの最大のターゲットにされたのは高齢者であった。JRが発足した時には、50歳以上の労働者が全くいないという、驚くべき状態が生まれたことを見れば明らかなとおり、高齢者に対する首切りは徹底して行われた。
 ここまで徹底した高齢者の首切りが貫徹できた背景には、旧動労=JR総連がその先兵になったという事情がある。旧動労は、当時「首切り三本柱」と言われた、「出向・一時帰休・早期退職」に率先して協力し、多く動労職場で、高齢者の靴に水を入れる、ロッカーなどに「後進に道を譲れ」との落書が行われる等の陰湿ないやがらせまで行われたのである。
 しかもその一方では、「経営再建」を理由に、82年採用を最後に新規採用をストップしており、JRの発足後、91年に採用を再開するまで九年間にわたって、新規採用を行わない状態が続けられた。
 このような無謀な合理化と首切り、長期にわたる新規採用のストップの結果生みだされたのは、鉄道輸送業務の遂行にとって決定的とも言えるほどの技術断層の深刻化、年令構成の歪みであった。とくに、20年近くもの間、新規採用者すらほとんど入っていない検修・保線・電気等の職場の現実は、運転士の養成問題より一層深刻だ。
 また、技術断層という面では、たんに年令構成的な問題ばかりでなく、分割・民営化攻撃の過程で、電力・信通などをはじめ、他のどの企業に行っても通用する第一線の技術力や資格を持った層が大量に「転職」していったという事情が重なっている。
 今、この技術断層の深刻化・年令構成の歪みという問題が、爆発的に表面化しようとしている。その第一の理由は、何よりも「大量退職時代」が始まったことにある。別掲のグラフは、JR東日本と、JR貨物の年令構成表だが、今後10年間で約半数の社員が退職年令に達する。当局も、今後の必要要員の確保について、何ひとつ展望を明らかにすることができない状態なのである。運転保安をめぐる現状は危機的な様相を呈しているが、矛盾が本格的に噴きだすのはむしろこれからなのである。

これまでのレベルをこえた新たな大合理化攻撃の本格的なはじまり
 JRは、1年間の退職者が、東日本でピーク4500名、貨物で850名という現実に追い立てられるように、これまでのレベルを超えた大合理化攻撃をおし進めようとしている。JR東日本は、「鉄道業務全般について、グループ会社への委託の検討を進める」という計画を、昨年3月に提案している。「今後の要員事情と高齢者の雇用の場の確保について」と題したこの提案は、「高齢者の雇用の場の確保」がうたい文句にはなっているが、最大の眼目は「全面的な外注化」にある。例えば、運転関係では、構内作業を全面的に外注化しようという攻撃が画策され、JR東労組と水面下で提案時期を見計らっている状況だ。93年に提案され、一旦は挫折したこの攻撃は、検修区所構内における運転操縦業務、出区点検、誘導、車両の連結・開放作業、仕業検査業務をすべて部外委託するというものだ。車両の検修そのものを解体してしまうに等しい大合理化攻撃である。
 JR貨物では、事態はもっと先に進んでしまっている。すでに、機関車・貨車の検修業務は、ほとんど外注化されており、自らは何ひとつ対応能力がない状態となっている。またこの年度末では、構内の入換・誘導業務が、信号扱いまで含めて、全面的に外注化された。さらにJR貨物は、動力車乗務員の勤務制度をも再改悪しようとしているのだ。
 こうした大合理化への突進が、より一層安全を根底から崩壊させるのは火を見るよりも明らかだ。大月駅事故をはじめ、この間の相次ぐ輸送混乱、車両や保安設備等の事故多発、降雪への対応不能という事態の背後には、こうした現実が横たわっている。
 JRとJR総連の結託体制を背景とした強権的な労務支配体制は、このような危機的な現実に拍車をかけ、一層増幅させたのである。国鉄分割・民営化の強行と、その過程で生みだされたJRとJR総連・革マルの結託体制こそが、運転保安崩壊の元凶である。

「動乗勤」改悪で、運転保安の危機が日常化
 運転士にとっては、JR東日本を皮切りにはじまった、動力車乗務員勤務制度の改悪(東日本では、92年3月ダイ改から適用された)が、労働条件の大幅な悪化と運転保安の危機の日常化という状況を生みだす画期をなした。とくに、折り返し待ち合わせ時間を労働時間からカットし、さらに準備時間・折り返し時間・整理時間を1分単位で切り縮めたことにより、動力車乗務員の勤務は、半ば青天井的に長時間拘束・長距離乗務化させることが可能となったのである。実際、全国的には、日勤勤務でも拘束時間は十数時間という勤務があたり前のようにつくられるという状況が生まれている。
 しかし、このような徹底した効率化は、単に乗務密度・労働密度をあげたばかりではなく、それに伴って各区の担当乗務範囲が拡大したため、運転線区の拡大と、それに伴う各箇所での入換、分割・併合、入出区等の付帯作業は、ベテランの運転士ですら把握するのが大変な状況を生みだした。しかも安全を無視した大型周期の交番が組まれるようになり、業務内容・線区を充分に習熟すること自体が極めて困難になっている。
 畢竟、促成栽培される運転士は、各行路を一回経験するかしないかのうちに士職に発令され、しかも大型交番で、年に何回も担当しないような作業をこなすのが日常になったのである。
 三鷹電車区の実態を見ても、一組の交番は実に12段2ヵ月半周期の交番だという。その前の来宮事故の際も、当該区は3ヵ月半の大型交番で、1年4ヵ月ぶりの本乗務初箇所であったという。千葉でも、日常的に何ヵ月間も乗り入れない線区が発生しているのが現実である。
 しかもこれに加え、ホームの始端を80q/hものスピードで駅に突っ込み停止するような無謀なスピードアップの強行や運転車種の増大(同一車種ですらATSが自動投入化されている車両、されていない車両などが混在し複雑化している)、過密ダイヤなどの要因が加わることによって、乗務労働の条件は極めて悪化している。JRは、いつ事故が起きてもおかくしない状態にあるということだ。

JR東日本の「申し入れ」

自らの責任をどう感じているのか!
 JR東日本は、大月駅事故をめぐって、国労に対し、尋常ならざる対応を行っている。国労東京地本は、事故直後に「大月事故調査対策委員会」をつくり現地調査に入ったが、これに対しJR東日本は、東京地域本社長名で、次のような「申し入れ」を行ったのである。

 ……貴組合は会社に何のことわりもなく、11月12日、「現地調査」と称して事前に多数の報道機関に取材を促す文書をファックス送信し、会社の中止要請を無視するとともに、大月駅長の再三の退去命令にも従わず、会社施設内での「現地調査」を強行した。
 このことは、会社の許可なく会社施設内において行った組合活動であり、また、労使が信義誠実の原則に従って健全な労使関係を確立することを目的とした労働協約に反する行為であり、到底看過することはできない。従って、貴組合の見解を書面で速やかに示すよう強く求めるものである。

 この文書はさらに、「(運転士に対する)十分な事前指導がなかった」「大月駅の施設に問題がある」「(運転士の養成期間が)時間的に不十分である」「職員削 減策の影響が出ている」 等の国 労の見解や報道機関への発言を「事実無根」「重大な背信行為」とし、最後は「貴組合の見解如何によっては、東京地域本社として重大な決意をもって臨まざるを得ないことを念のために申し添える」と結ばれている。
 大月駅事故は、「死者がでなかったのは奇跡だ」と言われるほどの重大事故だ。国労が安全の確保に向けて事故の現地調査を行ったことに対して、一体何故、どうしてこのような半ば恫喝にも似た文書をつきつけなければいけないのか。JRは、事故の深刻さを一体どのように受けとめているのか。安全の確保という問題について、どのように認識しているのか。重大な事故を起こしてしまった自らの責任をどう感じているのか。安全の確保のためには、「職責をこえて一致協力」しなければならないのではなかったのか。国労東京地本に対するこの「申し入れ」は、どう考えてもあまりに常識を逸していると言わざるを得ない。
 しかもJR東日本は、「国労の謝罪がないから」という理由で、大月駅事故に関する国労からの申し入れ対しては、文書回答を拒みつづけているというのである。

ここにこそ事故の根源がある
 ここには、現在のJR東日本(とJR東労組の結託体制)の本質が凝縮されて示されている。この「申し入れ」から見えてくるのは、「国労敵視」の一点の前に、大月駅事故の本質やその深刻さを自らが認識するという、最も大切な課題が消しとんでしまっている現在のJRの姿である。またそれのみならず、JR東日本自身が、調査されては困るような事実があると認識しているのではないかという疑問すら湧いてくる。
 われわれは、このような経営姿勢に基づく安全軽視、安全に関する基本的な構えの歪みの積み重ねこそ、大月駅事故をひき起こした根源にあるものであると考える。
 国鉄の「安全綱領」には、「安全は、輸送業務の最大の使命である」と記されていた。当局ですら、耳にタコができるほどこの一節を繰り返し繰り返し語り続けた。われわれは鉄道に働く労働者の立場から安全という課題をとらえ返し、労働組合の闘いとして当局に運転保安の確立を求めてきた。
 JRはこの「安全綱領」をも破棄してしまったが、もしこうした精神が片隅にでも残っていれば、このような非常識な「申し入れ」が国労に対して行われることなどあり得ないことである。また、JR東労組のように、自らの組合員でもある当該運転士のミスに一切の責任を転嫁して、事の本質に蓋をしてしまおうとする対応など起きようもないことだ

事故捜査も異例の過程を
 大月駅事故は、事故捜査の過程も極めて異例な経過を辿った。事故直後には、三鷹電車区に警察の家宅捜索が入り、2ヵ月も経ってから当該運転士が、「証拠隠滅のおそれ」で逮捕されたのである。家宅捜索にしても逮捕にしても、通常では考えられないことだ。当該の運転士が「証拠隠滅」などできるはずもないことであり、この逮捕は、警察当局が、JRが(ないしは労使一体でもって)証拠を隠滅しようとしていると判断した結果の判断だと推測せざるを得ない。
 つまり、現在のようなJRの異常な経営姿勢・経営体質のもとでは、事故に遭遇した運転士は、逮捕も含めあらゆる意味で一切の責任の矢面にたたされ、防御される余地がなくなってしまうということである。これは、ハンドルを握る者にとっては死活的問題だ。

JRと手を組んで、安全を売りわたすJR東労組

当局への奴隷的忠誠がすべて
 冒頭で述べたように、JR東労組は、大月駅事故発生の直後から、事故の原因を自らの組合員でもある当該運転士のミスに極限するという対応を繰り返したが、それのみならず、事故から1ヵ月後に開かれた第10回政策フォーラムの講演で松崎は、事故問題に関し、「責任追及から原因究明へという方向を明確に示し得たJR東日本の経営幹部は立派だ。世界に冠たる資質を持っている。松田社長は大社長になった。責任追及が原因究明に転化したということは、経営哲学あるいは企業文化の極めて高いレベルの所産だ」「責任追及から原因究明へという世界に冠たるテーマ、概念、カテゴリーを明確にし得たJR東日本の労使の高いレベルをこれからも誇りにしていきたい」と、一種異様なまでの当局への全面賛美をうたいあげたのである。
 ちなみにこの講演は、事故問題以外でも、「ニアリーイコール論は自己革命の過程と結果において創造した命題だ」とか、「ワークシェアリングは哲学の問題だ。収入は少なくなるが仕事を分かち合って地球的危機を救う」等、新興宗教と見間違うばかりの資本への奴隷的服従のアジテーションで満たされている。
 当該の組合員は、連日警察の取り調べを受けており、マスコミすら、JRの経営責任・指導責任に係わる問題点を指摘していた当時の状況のなかで、このようなものの言い方はあまりにも異様である。
 しかし、これこそがJR東労組・革マルの本質なのである。実際、JR東日本の経営責任に追及の手が及ぶような重大事故が起きるたびに彼らは、同様の対応を繰り返してきた。
 例えば、忘れもしない東中野駅事故のときもそうであった。このとき東労組は、自らの組合員の生命が奪われたにも係わらず、直ちに機関紙で、「国労などはダイヤ改正(過密ダイヤ)が事故の原因と述べているが、事故原因は究明中でありダイヤ改正が直接の原因ではない」と断言し、「お客さまの信頼を回復する決議」なる特別決議をあげて、「千葉労(ママ)は、『ダイヤ改正前のスピードに戻せ』と要求しているが、これらの主張では事故の再発を防止するものとならなことははっきりしている。『安全・性格な輸送』を実現するために労使一致した取り組みを図る」と書きたてた。
 さらには、事故当日にだされた組織内への指示文書は、何と「会社とともに、事故撲滅に向けて最大の努力をしていきたいと思います。東鉄労とJR東日本の対応が社会的に注目されています。また、天皇陛下のご病状についてはマスコミ等で報道されています。東鉄労組合員として、あるいはJR社員として、飲酒などにぎやかな行為それ自体が問題にされかねない状況であります。酒席等の場に参加するときは、充分な責任ある諸行動をとるよう指導して下さい」
というものであった。
 自らの組合員が事故によって死亡したことに対して、怒りのひとかけらもなく、むしろ「まずいことをしてくれた」と言わんばかりの対応である。「原因は究明中」と言いながら、合理化やスピードアップが原因ではないということだけは断言するというのは一体どういうことなのか。要するに、「私たちは、安全や組合員の生命よりも会社への忠誠を優先します」という態度表明だ。まさに、このような異様なまでの癒着・結託体制こそが、資本による安全の軽視・無視を増幅させ、大月駅事故や東中野駅事故を惹起させたのである。

「責任追及から原因究明へ」のペテン
 東労組が、「世界に冠たる」と形容する「責任追及から原因究明へ」という、内容空疎なスローガンも、実際上は当局への忠誠の言葉として繰り返されているだけである。
 一見最もらしく見えるこのスローガンの意味は、これまで見てきたことからも明らかなように、労働者への責任追及をさせないということではなく、「会社の経営責任の追及は絶対にしません」ということだ。実際、事故が起きたときに、当該の運転士の責任だけはまったなしに追及されている。今回の大月駅事故などはその典型である。「停止位置不良」というような些細な事故ですら、運転士には必ず処分が行われる。その一方で会社幹部は、どのようなミスを犯そうが誰ひとりとして責任をとろうとしない。  
 東労組は、こうした現実を百も承知で、「経営哲学・企業文化の極めて高いレベルの所産」などと、歯の浮くような言葉で会社を讃えあげるのだ。こうして見ればその意図はもはや明らかである。
 また、このスローガンのもうひとつの意図は、現場の組合員に対するたぶらかしである。安全・運転保安問題をはじめ、資本とは絶対に闘うことのない現実を空疎な言葉でごまかし、すり替え、騙しているのである。しかしこの点でもはっきりとさせなければならないことは、安全問題の本質からして、事故原因を本当に究明しようとすれば、それは必然的に当局に対する徹底した追及と闘いとなる以外はないということだ。つまり、「責任追及から原因究明へ」などというスローガンは、それ自身ペテンであり、ウソだということだ。

闘いなくして安全なし―反合・運転保安闘争の強化を!

 これまで述べてきたようなJRの現実からわれわれが学ばなければならないことの最大の核心点は、労働組合が当局と結託し、ありとあらゆる効率化や労務政策の手先になり果てたときに、安全という課題がいかに崩壊し、地に堕ちるのかという問題である。
 そもそも「安全の確保」という問題は、誰も否定することのできない課題である一方、資本にとっては直接的な利益を生みださないばかりか、膨大な物的・人的投資を要するものであり、利潤の追及=合理化はつねに安全を脅かす。資本制社会において資本が安全を軽視もしくは無視するのは当然のことであって、安全の確保は、労働者の抵抗や労働組合の闘いがあってはじめてなし得る課題である。とくに、鉄道においては、合理化や労務政策の矛盾は、まっ先に安全の危機として顕在化する性格をもっている。われわれは、このような認識に基づいて、「反合理化・運転保安確立」「闘いなくして安全なし」のスローガンを掲げ、日常不断の闘いを続けてきたのである。
 今こそ、闘う動労の伝統に根ざした反合・運転保安闘争の全面的な強化をかちとらなければならない。大月駅事故やこの間の中央線をめぐる輸送混乱の頻発という事態は、改めてわれわれに「闘いなくして安全なし」という現実をつきつけた。
 われわれは、大月駅事故にふまえ、安全に関する経営姿勢の抜本的な転換を
求め、98春闘と結合した二波のストライキを闘いぬいた。この要求の一項一項は、国鉄分割・民営化の矛盾をえぐりだし、JR東日本とJR東労組・革マルの結託体制を真正面から撃つ性格をもつものだ。安全の解体に向けてつき進むJRの結託体制を打ち破ろう。恒常的なストライキ体制を背景に、安全・運転保安に関する点検・摘発、反合理化闘争を強化しよう。ベテラン運転士を職場に戻せ! 強制配転者の原職復帰をかちとろう! 反合・運転保安確立−強制配転粉砕に向け、夏季第三波ストライキに起ちあがろう!

1998年3月


DC通信目次 DORO-CHIBA