労働学校通信

第Z期No.07

次回講座のお知らせ

10月20日(土)・11月17日(土) 各13:00〜
 近代日本史とナショナリズム
  第1回 「日本ナショナリズムの現局面」−改憲のイデオロギー
  第2回 「戦後の天皇制とナショナリズム」
 講師 伊藤 晃(千葉工業大学教授)
 『無産政党と労働運動』(社会評論社)『転向と天皇制』(勁草書房)『日本労働組合評議会の歴史』(社会評論社)など著書多数。昨年、労働者学習センターから『戦争と労働運動』を出版
*親睦会も楽しみです(会費千円)

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労働学校通信 第7号 (2007.10.10発行)
がんばろう労働者!たたかおう労働組合!ひろげようインターナショナル

人間と人間

  安倍の行動を見ると、たいした人物ではない、くだらない敵側の大将だと思った。こう思うのは大事なこと。
 階級闘争とは、なにか抽象的なブルジョア階級とプロレタリア階級が、抽象的に対立しているわけではない。人間どうしがケンカする。ブルジョア階級を代表とする人格とプロレタリア階級を代表とする人格が激突する。
 職場だって資本を代弁する職制と労働者が闘う。ブルジョアは、東大や京大や国立大学で優秀な人材を集めて 支配階級の要員を養成してきた。 
 東大法学部をでて国家公務員試験を受けて大蔵省などにはいる。あるいは大企業の幹部になっていく。入ったとたんに最初に配置されるのは人事部で労務担当にする。
 そうやって敵は、人材を養成して、労働者を分断し、弾圧し搾取していく。労働者をおとなしくさせる、これはうまいやり方です。
 労働者階級も、優秀な人材を獲得、養成しなくてはならない。階級闘争とはある意味で、人材の獲得戦なのです。
(9・15代表あいさつから)

ひとりは万人のために 万人はひとりのために

交流の広場−闘いの輪(受講生の声)を随時発行しています

感想文紹介

の資本主義社会を建設する時、資本が社会の主体となる時、暴力的にやらざるを得なかったということは、その頃から労働者(当時は農民)の存在が怖かった、恐れていたってことですよね。
 資本が生産手段(生産過程)を握っていたら、労働者は解放されない、ずっと奴隷状態のまま。
 でも、ほとんどの労働者はそれに気づいていない。気づいていないというか、気づかせないように資本がしているわけだけれど……。自分の労働力を資本に売って、低賃金で雇用され、朝から晩まで働く……これを当たり前だと思っている労働者が多数いる。
資本の儲けのために奴隷になり、ロボットになるような人生を私は歩みたくない。私がこう思うってことは、隣の仲間もそう思ってるってことだと思うので、この資本主義社会の矛盾、労働者が奴隷化しているということを、もっともっと訴えていこうとさらに思いました。 株の話はなんかよく分からなかったけど、株価が暴落すると株主や資本家がアワアワする……ってことは、この時が闘うチャンスなのではないかなあーと思いました。

たし達、労働者が欲しい欲しいって言っているのと同じこと言ってるように聞こえてしまうんですよね。「自由で平等で平和で民主的な世の中目指しましょうね」って。でも、今まで実際に資本家や政治家がやってきたことをふり返ってみれば、その人達が社会の圧倒的多数である『労働者大衆』のことなんかほとんど考えてないんだってわかる。あの人達にまかせたらダメ。ウソとムダと詐欺と暴力を積み重ねて、何とかこの「資本主義社会」ってのを維持・増進させようとするんだけど、そうなればなるほど、あたし達は本来持ってる労働の意味−生きるために食べる、食べる物得るために働くっていう事実は見えなくさせられちゃう。「資本主義にのっとり」の精神で一生懸命働かなきゃ生きていけないんじゃないかって気にさせられちゃう。
 でも実は、現実はもっと酷いんですよね。国とかっていう枠を取っ払って全体を、よーく見てみると、一生懸命働いたって生きていけない人いっぱいいるし、世間では「格差」とかいわれてますけど、とにかくバランスが悪いって。
 自分さえよけりゃ良いっていう資本家達は、あたし達を家畜のように扱って、自分で考え自分にとって必要なものを自らの力で生産する力を取り上げてきました。ある程度広い囲いを作って、エサをばらまきぬくぬくと過ごさせる。なるべく囲いの中から逃げようなんて気は起こさせないように、時には楽しい娯楽なんかを与えてアメ作戦。時には「お前、囲いの外に出て自分一人で生きていけると思っているのか?」とプレッシャーを与えてムチ作戦。上手い。拍手。資本家凄い。
 ただ、これが言えるのは、こういう作戦を展開できるだけの余裕がある時に限ります。余裕がなくなると弱い物から奪う。どこか対抗勢力と争う、つぶす。つぶされてしまったらおしまいだから、勝ち続けなければ終わってしまうから、何とか生き残ろうと悪あがきする。
 バカバカしい。汚らしい。無駄をなくすとか、分け合うとか、ゆずり合うってことがまずできない。というか、しない。
 でも、あたし達、労働者大衆が生産手段ってもの、自分達(自分だけじゃなくて、大多数の人)にとって必要なものを自ら生産する力を取り戻したら、こんなバカな真似はしないと思う。
 “みんなにとって良いことは自分にとっても良い”こういうものの見方は本来、誰もが持っているはずなんだけど。“みんなにとって”……この目線に立とうとした時、多くの人々の間で話し合う、議論するってことがとても大切だと思うんだけども、特に日本って国は、これをあまり好んでしないみたいなんですよね。本音をさらけ出してとことん話し合うことをガキのすることみたいに一掃して避ける人が多い気が。
 まずこういう冷めた考えをいったん忘れて、本音で話してみたらいいと思います。話に話を重ね、“みんなにとって”良いことが見えてきたら、今度はそれを手に入れるためにみんなで行動を起こしていかなくちゃいけない。
 ここであたし自身の本音を言うと、今の社会の中で生きて、資本家に雇われ働いて、それはそれで楽ちんっていう思いもあるんです。だって自ら生産して必要なもの手に入れようとしたら、自分で考えて、自分で動かなくちゃいけないから。そのために学習したり、実践を積むってのは正直、とても面倒くさい。けど、こういう事言ってるから誰かに道具のように扱われるってことを許してしまうんだなと思うと、もっとしっかりしなくちゃ、と改心するわけです。労働者が各々こういう自覚と誇りを取り戻していくってことが、資本主義社会を変革していくってことなんでしょうかね。

・今回は途中からの出席であったため、最初からは分かりませんでしたが、本日の「資本が……」の中では※労働者不足→賃金アップ→利潤の減少のパターンがハッキリと分かりました。
・現在では労働者同士を競わせ、勝った者が生き残る「弱肉強食」法則になっている現在です。
 日本の企業・銀行では空前の黒字、そして「法人税の減少」など企業等に有利であり、一般の人たちは「明日は我が身」の生活をしているのではないか。
・さらに株式資本。これは日本がバブル崩壊後、米国中心の(外資)企業が日本の低迷している株式を大量購入し株価をつり上げ、そしてその企業を乗っ取る。公開買付等で株価のTOB買付をしている外資のファンド。ファンドは経営者になるのではなく、株価上昇で大きな利益が出たところで一気に売り抜ける。これはファンドの金儲けだけでもある。株式を仮に50%以上取得した場合、取得している者は実質、その会社の経営者となる。
 仮に私が現在、株を購入する資金があれば、株式を購入するでしょう。これが100円から1000円になった時には私ももちろん売り抜け巨大な益を得るかもしれません。
・前回、今回の「資本主義とは」の中では、中曽根から日本を「弱肉強食主義」にした小泉。「美しい国」の安倍内閣。これらがすべて解体されない限り、この日本は立て直しをできないことだと思います。

本主義社会の限界に来てしまってるところに株で儲ける人間がいるのは、もはや資本主義経済が破滅に追い込まれてるんじゃないかと思う。なので、実体の担い手になれる労働者が社会の主人公になって、今の資本主義社会をぶっ潰さないといけないと思いました。

・ボリビアの水、金融デリバティブの投資の数字の話は具体的でよくわかり、興味深かったです。
・「資本の自由の徹底は労働者を殺す」、この激しくて残酷な命題について、経済学的に解明することは重要だと思います。「殺す」とはどういうこと?
・恐慌の展開は難しかった。

本主義の末期的な症状として挙げられた株式と擬制資本の関係について、すごく説得力を感じました。生産力と呼べるのか疑問ですが、そうした発展しか望めないことに経済の観点からも危機的状況であるために帝国主義に移っていく恐さを感じました。

回の資本主義のどこが問題なのかというテーマは、さらに身近に感じました。とくに(2)の生産調整にしたがって雇用確保・解雇自由とは今の派遣・請負・パートの人たちに当てはまっているし、株式売買のせいで労働者を勝手に解雇などをするなんて許せないです! 
本当に資本はいらないです。労働者だけで動かしていけるようにしていきたいと思っています。

日の講義の内容(資本主義の問題点)は、今の日本がまさにこれであると思った。まったくもって労働者は人間の営みをしていないような感じだ。資本家の方針に従わない者は、ことごとく切り捨てていく、いわゆる「ロボット化」である。今の日本はこのようなことがエスカレートしていっているような感じがしている。ネットカフェ難民が増えたのは、まさにこれが原因ではないかと思う。
 マスコミ等で見ている限りでは、3千人近いネットカフェ難民がいるとのことである。労働者は「生きさせろ」と立ち上がる時が来たのではないかと思う。そして団結して、この問題は私たちが解決していくのがよいのかなと思った。

回の講義の時、資本主義社会というのは特殊な社会体制というのを聞いて、そうだ!と思いました。ずっと昔から貨幣経済があってこれからも続きそうなイメージがあったが、長い人類の歴史の中で階級社会が始まったのは、つい最近で資本主義なんてほんの数百年の話。もうここまで来て実態のない金が投資によって増えているように見えたり、実際に労働者が生きていけなくなっている時代に、資本主義も終わりだし、階級社会も終わりなんだということが良く分かりました。
 資本がいなくても職場は動く、むしろ資本がいない方が労働者が会社を動かした方が良くなるんだというのに納得。その将来のためには労働組合運動を通して労働者階級が社会を運営できる能力を磨いていかなければならないと思いました。

ず、はじめに言われたことが印象的だった。「資本の論理を追求すると、人間は殺されてしまう」。労働者は労働者の立場を貫かないと生きていけない。
労働者を食わせていけない、行き詰まっている状態は社会の限界であり、資本主義はそこまで来ている。

後、先生の訴えが良かった。講義の流れがここへ向かって進められていたのだということが実感できました。今日の株価の話。サブプライムローンによる株価暴落が続いている中で、タイムリーでした。利子率と利潤の式。実は初めて見たのですが、良く分かりました。
こういう式が重要です。利潤を基本としながら、動いているということでしょうか。つまり労働者の搾取を基本としつつ動いている。そこからさらに資本の過剰の問題がある。その辺の展開が分かるようになっていきたいと思います。
 資本と賃労働の対立が根本だという基本姿勢に感動しました。うまく言えなくてすみません。

制資本の話はよく分かりませんでしたが、実体経済とは乖離した経済活動が行われていることは分かりました。そんな儲けは、結局あぶく銭ですが、今の体制内で物事を考えていると、労働者であっても、小銭が入ると株を買ったりという誘惑があるのでしょう。
 自社株を買わせるのは労務管理だったんですね。私は株を買うなんて、ただ気持ち悪いと思って買わなかった(賢明だったわけではない。株のことなど何も知らなかった)。
 資本主義について、少しずつ分かってきた気がしますが(株など仕組みの部分は分からないままですが)、やはり肝腎なのは世の中の動き(法律改正など)が誰のどういう意図で行われようとしているかという本質的なところを見抜いて、自分の意志決定をしていかないといけない。それには1人では絶対ダメで、いっしょに学んで、議論していかなくてはいけないと思います。
●今後の希望
 社会主義についても学んでいきたいです。

ったいどうなっているのか、この社会は! 擬制の話を去年聞いて、ふざけるな!と思っていましたが、まだよく分かっていなかった。要するに私たちは2重に踏みつけられているということだったんですね。
 実体経済の部分で、「賃金」という名の搾取を受けている上で、株・投機(これは私たちに無縁の社会)の失敗のつけを「国」が支えるという名の下に税金で穴埋めさせる。アーッ馬鹿にするな!!!ふざけるな!!!
 そして今回よく分かったのは、私たちがあたかも職業を選ぶ自由、ものを買う自由があるかのような社会が擬制であるってことです。こんな擬制の挙げ句の果ての戦争で、かけがえのない「実体である」命が奪われることは絶対に許さない!
 鎌倉先生のお話は前に比べてずーっと自分の生活に身近な話として聞けるようになった。というより、そういうレベルに落として話されていると思います。
●今後の希望
レーニンの「労働組合論」を基礎編の講義に入れて下さい。

隠しされたところが見えてきた感じです。

の社会は資本主義の最高で最後の時代であるという認識が確信できる状況になっています。そういう状況であっても、しかし、自然に崩壊するわけはなく、労働者階級の力で最後の死に水をとらねばなりません。
そのためにも先生が最後に話された社会主義論を確立する必要があるという点に共感しました。それと平行して労働者階級の団結の力を大きく強く職場から作っていかねばと思いました。

労働者学習センター事務局
千葉市中央区要町2−8 DC会館 電話 043-222-7207 FAX 043-224-7197

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