動労本部からの分離・独立

動労千葉地本防衛青年行動隊結成 
 78年7月、動労34回全国大会が岡山県津山市で開かれた。  
  すでに革マルに牛耳られていた動労本部は、ここで2つの反動的方針を提起した。「三里塚闘争と一線を画す」という方針と「貨物安定宣言」である。 「貨物安定宣言」とは、貨物列車をストの対象から外すことを全国大会で宣言することによって国鉄当局の貨物合理化を全面協力を組合の方針にした。4割の大会代議員は動労千葉の修正動議に賛成し、大会は大紛糾し本部方針案を採決することもできなかった。革マル分子は、大会終了後、動労千葉代議員・傍聴者を襲撃し、テロリンチを繰り返した。
79年3月30日動労千葉結成大会

 千葉地本は、全国大会後も労農連帯の旗を守り、9月17日、三里塚現地闘争に400名で参加した。これに対して動労本部革マルは、11月動労本部定中で千葉地本三役の査問委員会設置を強行し、翌年79年3月、千葉地本執行部全員の執行権、組合権停止、関川委員長ら4人の執行部を除名した。 こうした千葉地本破壊策動に対して、3月30日臨時大会で満場一位で動労本部からの分離独立を決定し、新生動労千葉の結成大会に移行した。