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結成25周年記念レセプションにて
中野常任顧問−動労千葉を語る

JR労働運動の主流派へ

 今日は栄えある動労千葉結成25周年を祝うことができたのは、やはりこの間の闘いがあると思います。
 一つは、昨年11・9集会に、全米最強の労働組合ILWU、世界で最も戦闘的な韓国・民主労総との共闘が成立して日比谷野外音楽堂に一堂に会することに成功したということ、今一つは、その闘いの余波の上に立って3・20国際反戦闘争を軸に04春闘を断固とした闘いをぬき、一定の勝利の地平を切り開いたということ、加えて、動労千葉の通史とも言うべき『俺たちは鉄路に生きる2』の発刊に成功し動労千葉の闘いが世に出たということ、それらがあって今日の記念レセプションをみんな晴ればれとした顔で迎えることができたと思います。
 動労千葉はこれからも30年、40年と続かなければならない。今最大の核心は動労千葉が本当にJR=国鉄労働運動の主流派になる、首座を獲得していく闘いに本格的に入らなければならないという状況にあることを、動労千葉の組合員は常に自覚しなければならない、と思っております。今日はその意味で、この3月に展開された反合運転保安闘争の領域について少しお話しをします。

動労千葉の基軸の闘い

 反合運転保安闘争というのは動労千葉にとって基軸中の基軸の闘い、綱領的な方針であると言っても間違いない。私が書記長の頃からも反合運転保安闘争に始まり反合運転保安闘争に暮れるという経過がありました。その闘いを3月で大きく復権させたわけです。
 長らくその闘いの先頭に立っていた私が、反合運転保安闘争というのはどういうことなのかということについて、今一度はっきりさせる必要があると思い今日はしばらく時間をお借りし、お話ししたいと思います。

レールの破断

総武快速線下り、津田沼〜幕張間でのレール折損箇所。2センチもの隙間ができている

 具体的に話します。今年3月の反合・運転保安闘争は、当初は総武緩行線が6分半短縮されることから始まりました。これは非常に許し難い。今を去ること88年、JRになってから、やはり総武緩行線が時間短縮した。その結果連日電車が遅れ、東中野駅追突事故が起こり運転士含め乗客あわせて3名が死亡するという事故が起きました。このときから動労千葉はJRになって始めて乗務員ストをやった。分民の過程で40名が解雇され大変な痛手を負い、その傷も癒えぬうちに本格的ストライキに入ったわけです。しかし、JR当局は十年余りたってますが、すっかりこの事故を忘れ、時間短縮を始めたのです。
 そして、1月に入ってから総武快速線でレールの破断を始め、2〜3ヶ月のうちにやたらとレールが折れるということが起き、3月の反合運転保安闘争は、このレールの破断ということが非常に大きなテーマになった。
 レールの破断ということはどういうことなのか。総武線というのは結構優等線区ですから、新幹線の次ぐらい良質なレールを使っているわけです。私も運転士だったのでわかりますが、レールが折れるなんてことは、ありえなかった。

線路改善闘争

 75年以降、千葉でレールが非常に劣悪化し列車が激しく振動するので、線路の改善闘争をやった歴史があります。乗務員分科会が自分の足で各線区を歩いて線路の状態を調べ、そのデータを団体交渉の席上に持ち込んで、『この現状を見ろ』と。このときはわれわれ素人ですから、当時の線路を主管している施設部長や課長あたりは「だいたい素人がなにを言っているんだ」とまともに対応しない。それに対してわれわれは安全運転闘争を対置したんですね。
 つまり線路が悪くなる原因は、線路保守の手抜きがひとつ、それと同時に列車のスピードアップがあるんです。スピードアップとは同時に激しくブレーキをかけることになりますから、物理学の原則で必然的に、車両とレールの双方に衝撃が非常に強くなる。だからレールがたちどころに悪くなるということが、ほんの半年ぐらいの間に起きたんです。それを動労千葉としては、「外房線は制限速度何キロ以下に抑えろ」「内房線はこれにしろ」「総武本線はこういうふうにしろ」ということを全部組合で方針化し、その指令どおりに乗務員が運転したわけです。その結果、トータルすると1日約五千分ぐらい遅れが出たのです。それをダイヤに組み込ませるという闘いをやった。文字どおり「ダイヤ改正」になったのです。今までは、ダイ改のたびに労働条件が悪くなるからダイヤ改悪反対と言って闘争をやったんですが、私が労働運動を始めて、初めてダイ改で労働条件が良くなったのです。その間に線路も修復されていくんです。

国労施設協がカンパ

 これは裏話ですけれども、当事、国労千葉の施設協議会が私のところにきて、「動労はいい。線路が悪くなった原因は合理化にある。したがってスピードを落とすんだという闘いをやってくれた。一方わが国労電車協議会は、合理化の問題について全然触れないで、『お前らがちゃんと仕事をしないからレールが悪くなるんだ。ちゃんと仕事をしろ』というんだ。それに比べて動労千葉は物事がよくわかっている」といって当時の金で10万か20万のカンパ持ってきたんです。同時に、線路がどうやって悪くなったのかというデータを全部よこしたんです。線路が一体どういう仕組みで、どう点検されていくのかということはまったく素人でわからなかったがその資料でわかりました。これをもって団体交渉で詰めたんです。そうしたら当時の施設部長が本音を吐いたんです。今でも走ってる183系という特急列車があるんですが「千葉から以東の線路は、この特急列車を入れて走らせるには耐えられない線路なんだが、本社が強引に入れろと言ったんだ。その結果こういうふうになったんだ」と。その時、私は当時の施設部長に、「お前らも技術屋だろう。ダメなものを腹を切ってでも阻止するのが技術屋の使命だ」という話をした記憶があります。

手抜とスピードアップ

 今までの闘いの歴史からみると、今度の総武線のレールの破断というのは、JR以降の保守の手抜きがずっと進行し、もの凄いスピードアップの結果だということです。
 たとえば成田エクスプレス(NEX)なんか最高速度130キロ運転です。快速もどんどん運転間隔が短くなって、ホームに入るとき80キロから90キロの速度で入って止まるわけだから、線路に大きな負担がかかる。1月過程から、優等線区である総武快速線のレールの破断が2ヵ所も3ヵ所も起こるということが発生したが列車が脱線転覆するということがなかった。しかし、折れ方次第によっては脱線転覆するわけです。しかもこのレールの破断を見つけたのは全部動労千葉の運転士です。

安全の丸投げ

習志野電車区検査4番線のレール折損箇所。2本のレールが同じ箇所で折れている

 さらに国鉄時代と違うところは規制緩和の問題です。日本という社会は、ありとあらゆるものが規制されていました。それが全部緩和される。あらゆる産業に対して、各担当省庁が規制をしている。その中心は安全問題です。
 運輸省、今の国土交通省は規制緩和をどのようにしたのか。結果としては全部会社に丸投げした。つまりJR東日本の安全に関する様々な取扱いについては、JR東日本に任せるというふうになったわけです。私が乗務していた国鉄の時、仕業検査を24時間に1回必ずやったんです。それが48時間に一回になり国鉄最後の時は72時間に1回なんですよ。 今はなんと6日から10日です.。線路も、電力も、通信も全部そういうふうになっているんです。
 保守というのはすぐに悪くならない。しばらく経つと悪くなる。今、イギリスでも国鉄や地下鉄の分割・民営化後19年を迎えて、めったやたらと列車の脱線転覆が起き、民営化が最大の要因だと言われています。

保守の全面外注化

 手抜きの最大の理由は、JRになってから電車区とか保線区、電力区、信号通信区、つまり車両の保守を担当するところに新規採用が、ほんの十数人しか入れていない。JRになるときからアウトソーシング、外注する予定だったからです。
 今この保守部門は、国鉄当時に技術力を培った労働者たちがになっている。今は、かろうじてJRの安全が維持されている。幕張電車区でもどこでもそう。だからこの労働者たちが退職したらどうなるのかという話になっている。
 そのうえで線路が極端に悪くなったのは、この2年前に線路関係は全部外注化したわけです。車両検査は幕張支部を中心に動労千葉が抵抗しましたからアウトソーシングはさせておりません。直営でちゃんと検査修繕やっています。だけどそれ以外は全部アウトソーシングされ、今回のレールの破断ということが起こった。これは非常に重要な問題だと私は考えております。

資本の原理

 そもそも資本というものは、利潤を生むというところには設備投資をする。利潤を生まないところにはしません。ですから保守部門というのは絶対にまずリストラの対象になるんです。国鉄当時も一番最初に合理化の対象になったのは、線路であり、電車の検修であり、保守部門でした。それでも最低限これだけは直営でやらなければいけないという部分を残しました。しかし、JRはこの部分も全部アウトソーシングしたのです。
 JRでは、十数年にわたって電車の検査係の養成がやられておりません。じゃあ関連会社ができるのか。本体が技術力がないのに、関連会社があるはずがない。だから施設なんかは、JRの現役社員が直接出向で行っている。電車の場合には、あの悪名高い「シニア制度」で、60歳以上の退職者にやらせようとしていたが動労千葉の抵抗があって破産した。
 やはり合理化という問題はまず保守部門にくる。保守部門というのは国鉄で言えば安全問題になるわけです。

安全の崩壊

 規制緩和で一気に安全が崩壊する、このことはJRだけじゃなくて、雪印から始まっている。農林水産省の管轄になると思いますが、腐っているやつを商品として出し、点検が全然なり立っていない。食の安全が問題になった。去年一年間に出光興産、エクソンモービル、新日鐵、黒磯のブリジストンタイヤの工場が爆破事故。こんなことが、10年前あったか。ないですよ。だいたい大企業の大工場が爆発事故を起こしているんだから。これらも間違いなく全部アウトソーシングがやられ、安全基準が全部曖昧模糊となっている。この現状が全体を覆っているのではないか。その際立ったものがJRであると認識しなければいけません。

改善命令が権力の陰謀?

 去年、中央線での高架切り替え工事での配線ミスで、列車が半日以上動かない事態が起こりました。それに対して国土交通省が異例の監査に入り改善命令を出している。その中身は、要するに個人の問題じゃなくて構造上の問題だと言っている。
 改善命令が出ている以上直さなければいけない。しかしその時に、JR東日本の最大組合であるJR東労組が何て言ったか。「これはJR東日本の労資に対するどす黒い権力の陰謀である」。
 事故がひんぱんに起こっている、だけど資本に対して責任追及はしない。しかも国土交通省という主管庁が改善命令を出したにもかかわらず、それを権力のどす黒い陰謀であるというふうに言っているわけです。
 また東労組は、「責任追及じゃなくて原因究明だ」と言っている。責任追及をしないということはどういうことか。資本に対して事故の責任を追及しないということです。その一方で、乗務員は実際上責任追及され、ちょっとしたミスだけで乗務停止される。東労組がJR東日本の最大の組合である限り、安全の危機はもっと深刻化する。そのことをきちっとしなければいけない。

船橋事故弾劾闘争

 われわれは、1960年代に三河島事故、鶴見事故という大変な事故を経験しました。そこから動労は運転保安闘争を基本路線にしました。
 72年、高石君の船橋駅事故が起こった。このときに動労千葉は、事故は合理化の結果で、高石運転士にはなんの責任もないんだと闘った。そもそも総武線は過密ダイヤで大変な問題になっていた。場内信号機と出発信号機の間に信号をやたらとつくる。絶対信号機(場内信号機と出発信号機)というのは絶対に止まらなければいけないという信号なのに、その間に信号機をいっぱいつくるということは動いてもいいということです。さらに当時、埼玉の蕨市からきている送電線が腐食し停電を起こした。信号機が停電になり、ATSは鳴りっぱなし。あの当時、ATSが鳴ったらいったん止まって走れと指導されていた。それで追突事故を起こしたわけです。それをめぐってわれわれは船橋事故闘争を始めたわけです。当時、動労本部の企画部にいたのは中江さん(前船橋市議)でした。大変な闘争にバーッとなった。数波にわたるストライキ、何十波にわたる順法闘争を展開した。裁判は禁固刑の執行猶予の判決で負けた。だけど彼の復職を獲得し運転士に戻した。
 こういう闘いの歴史のうえに立って、先ほど述べた線路問題を安全運転闘争として展開し、《奪われた労働条件を奪い返す闘争》と位置づけたんです。ダイヤ「改正」のたびごとに労働強化される。それを今度は奪い返すんだということを積極的に位置づけ闘争をやってきた。その歴史をふまえて、三里塚ジェット燃料闘争だとか、あるいは分割・民営化反対の闘いをやったんです。
 だから動労千葉の闘いの根幹には必ず反合運転保安闘争という思想が流れています。職員を半分に減らすという分割・民営化反対闘争の過程で、日航機が御巣鷹山で落ちる事故がありました。当時のスローガンは「分割・民営化反対、国鉄を第二の日航にするな」というのが動労千葉のスローガンだった。このままいったら事故がおこると。案の定JRになってから2年目ぐらいから貨物列車がやたらと脱線転覆した。今は、一応小康状態を保っていたけれど、細かい事故はたくさんある。しかし軽視も無視もできないことが今回の闘争の過程ではっきりしてきました。
 反合運転保安闘争を、私たちはいま一度歴史的に総括し、反合・運転保安闘争の飛躍を図らなければいけない。

敵のアキレス腱

 反合闘争をやらない労働組合は、右というんだ。反合理化闘争というのは合理化に反対するということ。これは言ったらきりがないんだな。資本主義を否定する闘いですから。資本は常に生産手段を近代化していく。そのことによって今まで5人でやっていた仕事を2人でやらせるとか。これは合理化でしょう。かつての労働運動は要員を減らされることに反対だった。しかし、それもできなくなって、「合理化を認めるから時間短縮せよ」というふうになった。これも成功していない。
 当時、動労の中でも革マル派は「合理化絶対反対」というようなことを理屈で言い回すという状況があった。しかし動労千葉は船橋事故闘争を経て、反合理化・運転保安確立という路線領域を確立した。
 つまり安全問題というのは、たとえばJR当局だって『危険でいい』とは絶対に言わない。『安全は命だ』と言っている。つまり、安全問題というのは敵のアキレス腱なんだ。安全問題を手抜きをし徹底的にリストラしながらも、やっぱり安全問題からは逃げられない。その結果としてどうなるかというと、現場の運転士とか関係労働者に対して大変な締め付けがいく。だけど人間のやることは限界がある。必ずいろいろな問題が起こる。だからこれを合理化問題として捉えて、動労千葉は「闘い無くして安全なし」、闘わなかったら自分の命も危なくなる。こういう立場で今後もやらなければいけないと思います。

メンテナンスの原則

 特にレールの破断というのは、重要な問題。いろいろ調べました。千葉支社の施設課長(マサチューセッツ工科大学出身らしい)が出した指示文書に書いてあるんだが、検測車というのがある。その中にコンピューターを積んでレールの上を走る。異常と出たらそこだけ直すというやり方なんだ。今回のレールが折れたところは、コンピューターには出てこなかった。だからこの文書にも検測車だけはきわめて危険であると書いてある。昔は、ベテランの軌道検査長がいて、運転台のわきに乗ったり自分で歩いたりして線路の状態を判断し、ダメになる前に手当てする。これが原則なんです。
 メンテナンスで一番重要なことは、壊れたら終わりなんだということ。なぜならば壊れる直前までお客を乗せた電車が走っているんだから。だからダメになる前に手を打たなければダメなんです。
「ダメになったら直せばいい」という考え方を一掃しなければいけない。

組織拡大につなげる

 現在、会社はレールの破断事故の原因を調査中だなどと言っている。けれど動労千葉にしてみればでっかい闘いにならざるを得ない。彼らがどうしても今までのやり方を続けるとすれば、いつでもレールが折れるという危険と裏あわせの中で運転することになる。そんな中で「130キロで運転できない。100キロに落と」とか、「外房線は何キロ」とか、「東金線は50キロ以上出さない」という闘いを、動労千葉が乗務員分科会を中心に討論して決めて、本気になって闘いに突入していく。争議行為的に言えばサボタージュ、安全闘争としてやっていくということが非常に重要になると思います。乗務員が何たるか、鉄道業務が何たるかを知らないJR東労組にいる若い青年労働者たちにちゃんと教えていくということ。また、この闘いをキチッとやることが、組織拡大につながっていくんじゃないかと思います。
 これからも現役の諸君たちが、自らの命をかけてこの反合運転保安闘争に全力をあげて、動労千葉の団結を強化していくということを心から要請しまして終わります。

大失業と戦争の時代に通用する新しい世代の動労千葉を創りあげよう!
 
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