労働学校

10年09月08日 第7037号

高山俊吉弁護士講演(労働学校実践講座)

裁判員制度廃止-改憲阻止へ!
高山俊吉弁護士講演(労働学校実践講座)

講演する高山弁護士

 8月28日労働学校実践講座において、「改憲阻止闘争について」高山俊吉弁護士による講義が行われた。反裁判員制度闘争を柱に行われた講演は、憲法とは何か、法とは何かを問いながら、今日の政治・経済情勢をどう見るかによって、改憲阻止闘争も階級的視点をもって闘わなければならないことをはっきりさせた。以下、内容を紹介します。(編集責任 日刊編集委員会)

日本国憲法の基本性格

 近代憲法とは、そもそも独立戦争の結果できたアメリカ合衆国憲法をはじめ、フランス革命後のフランス憲法、ロシア革命後のソビエト憲法など、いずれも闘いの到達点を確認し、旧勢力を押さえ込む理念を明確にする性格をもっています。日本国憲法をみてみると、こうした近代憲法の基本性格を備えつつ、特異な性格を持っています。それは、資本主義体制を前提とし、前近代的な制度である天皇制を「維持」しつつ、民主主義と基本的人権を強調し、反戦・恒久平和の思想と態勢を持つブルジョア憲法だということです。この特異性は、憲法が戦後革命情勢の中で生まれ、国内外人民の闘いと列強・権力の妥協上の産物だという背景にあります。

憲法9条の縛り

 憲法9条は、「戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認」を定めていますが、具体的には2項で、「戦力を保持しない、交戦権を認めない」としていることで、いわゆる「自衛」のための戦争もできないような縛りがかけられています。これは、戦後革命期の労働運動の嵐のような爆発のなかで、反戦闘争が労働運動の大きな課題として掲げられ、権力とのせめぎあいの一つの到達点の結果生まれたことによります。闘いに大いに使える武器となる面をもっていました。当時の吉田首相でさえ自衛権に関して、次のように言わざるをえませんでした。「戦争放棄に関する本条の規定は、直接には自衛権を否定して居りませぬが、第9条2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も放棄したものであります。従来近年の戦争は多く自衛権の名に於いて戦われたのであります。…故に我が国に於いては如何なる名義を以てしても交戦権は先ず第一、自ら進んで放棄する」(1946年6月26日衆議院)

改憲阻止闘争の立脚点

 高山弁護士は、ここで改憲阻止闘争の立脚点を明らかにするなかから、いわゆる憲法擁護運動との違いを鮮明にさせました。現実の社会情勢をみない抽象的な平和論や憲法美化論ではなく、戦争政策の縛りとなっている憲法をこれとの決定的武器として使い、社会情勢を直視し、現実の闘いとして闘うこと、政府が再び戦争を起こすことを許さない行動に現在、立ち上がること、他力本願ではなく敵の弱点や危機を捉え自ら決起すること、反裁判員制度闘争など具体的な中身で闘うことなどを提起しました。

裁判員制度の本質

 裁判員制度の本質は、司法制度改革審議会意見書(2001年)のなかでも明らかです。「司法制度改革は、政治改革、行政改革、規制緩和など経済諸改革の最後の要」、「裁判員制度は、被告人のためというよりは国民一般にとって重要」、「裁判員制度として重要であるために導入する」など、新自由主義路線の産物であり、司法、裁判のあり方を根本から変えることが目的です。また、「犯罪がどのように起こるのかを考えるきっかけを作る」「社会に何が必要かを自分のこととして考える、昨日までとは違う自分になる」(最高裁・法務省・日弁連共同の全国紙面広告)など、国民に治安意識を植え付け、その担い手にしようとする人格改造攻撃です。しかし、実際に制度が始まって1年以上が経過しているにも係わらず、反発と批判はより強く広範囲になっています。8割を超える人々が制度に背を向けています。125万通出された裁判員候補者の通知に返信する人はわずか35万人、しかもその内の2割が「大病、大けが」で「辞退」を表明しています。不出頭者が続出し、処罰することもできず、事件は超滞留し、半分しか判決が出ていません。裁判所のなかからも悲鳴が上がっています。裁判員制度は権力の危機をリアルに示しています。裁判員制度反対闘争を改憲阻止の闘いと結合しよう。工夫をすれば多くの人が応えてくれる情勢が生まれています。

「市民派」菅内閣の危険性

 菅内閣は、これまでの自民党系や2世議員の首相と違い、初めて「市民派」として登場したことは重要です。所信表明演説で「新しい公共」を主張して、道州制や公務員制度改革などを推進し、民営化・規制緩和、公務員の雇用保障解体を「市民派」として行おうとしています。ナチスの「新体制運動」を彷彿とさせます。
 すべての闘いを戦争国家化阻止の闘いに結びつけて闘おう。10・20裁判員制度反対集会へ!

10年07月21日 第7020号

労働学校講演 布施宇一

反合・運転保安闘争路線―出発点としての船橋事故闘争
労働学校講演 布施宇一

労働学校会場には中野前委員長の遺影が掲げられた

 6月26日の労働学校実践講座は、布施宇一顧問の講演と併せて受講生・卒業生のよびかけで中野洋前委員長の偲ぶ会が行われた。布施顧問の追悼講演の要約を掲載する。

 「反合・運転保安闘争路線」とその出発点としての「船橋事故闘争」ということですが、71年の反マル生闘争から77年の三里塚ジェット闘争、この間に私はどういうことをやっていたのかを話すのが一番いいのかなと思います。運転士の仕事をやりながら、非専従で組合活動をしていたこの5年間位が、私がここまで来る原点であったし、そこがあったからここまでやってこれたとも思います。

「マグロ」―反合・運転保安闘争

 この間、OB何人かで雑談していたら、自然と「マグロ」の話になった。列車に轢かれて死んだ轢死体のことです。みんなその話は一つや二つ持っている。私も4つあります。一番最初は機関士の時だけど、一番ひどかった。千葉から郵便列車を運転して、木原線(現いすみ鉄道)の大多喜まで往復する仕事の帰りに飛び込み自殺をやられた。すぐ降りて機関士と車掌と3人で見に行ったら頭がない。グチャグチャで、しかも亡くなったばかりだから、死体がブルブル震えている。3人とも立ちすくんだ。死体を線路の外に出してみると、足が膝の下からとれて骨がむき出しになっていた。
 運転士の心理としては、自分がいつそこにぶつかるか分からないというのがある。突きつめれば、むごたらしい死体を見て、自分もそうなるかも分からないという立場で仕事をしている。安全問題、運転保安というのは運転士、機関士という職種にとってはそういう問題なんです。場合によっては命までとられるような仕事をやらせておいて、安全設備にろくな手入れもしないで、合理化でどんどん輸送力を増やし、事故問題は本人の責任にされている。そういうなかでおきた船橋事故は、76年に反動判決が出て、それまでの国鉄の例で言えば、当該者は懲戒免職か、依願退職が普通だったけど、高石君はそうさせなかった。そのことは運転士をはじめとする現場の労働者にとって、極めて衝撃的事実としてあった。運転士に全部責任をかぶせようとすることに対し、正面から闘う連中なんだと、説明しなくても分かる闘いとしてみんなの前に示した。反合・運転保安闘争という時、そこに勝利したことが、動労千葉がここまでくる大きな出発点になっていると思います。

日常の職場闘争

 70年頃の国鉄は、半分かそれ以上が45歳以上で、この世代の人たちに動員に行ってもらわないと地本の動員の数はとてもこなせない。オルグは自分の話を聞いてくれる人だけやっていたら、動員に出てくる人もだんだん少なくなるし、運動の前進もない。むしろ自分の言うことを聞いてくれない人に一生懸命やらなければいけない。だから否が応でも話をする。反マル生闘争の時には年齢的なギャップというか、対立、そういう要素がものすごくあって、年輩者はなかなか言うことを聞いてくれなかった。だけど船橋事故の裁判闘争の動員に行ってくれと言うと、これは仲間のことだから行ってやるか、みたいな雰囲気があった。当該の運転士を原職に復帰させたことの評価は、口に出していわなくても、彼らの間でもものすごく高い。そこを切り口に話を積み重ねていくと、いろんな動員に出てくれるようになった。
 そういう年代の人たちの中には、戦後革命期の闘争を体験している人たちもいる。2・1ストのあと、ある共産党の人が職場から突然いなくなった。職場の労働者からすれば、信用してやっていたらある日突然、「何も指令が来なくなって、下からどうなっているんだと言われて立場がなかった。よっぽど鉄道を辞めようかと思ったけど、俺も生活があるから辞められなかった」と、そういうことを直接言われたのは1人か2人だけど、「党派の人たちは勢いがいい時にはいろんなことを言って、調子悪くなるといなくなっちゃうけど、俺たちは現場から離れられないんだ」、だから、ホイホイ言うことなんか聞いてられないよ、というのが相当強烈にあった。
 また、「戦争では、後ろから撃たれる奴だっていっぱいいる」とも言われた。いい気になって後ろをちゃんと見ないとやられるぞ、ということを言いたかったわけだ。現場の労働者にすれば、そこの職場で生活していくことを大事にしなかったら誰も言うことを聞かないよと。それぞれ生活があって、家族があって、信じるもの、守るものがある、そのことを無視して言ってもダメだということなんですね。「一緒に鉄道に入ったあいつは助役になったけど、奴の言うことの方がお前らより信用できる」というような人間関係、信頼関係、そういうことも無視しちゃダメだと思うんだね。間違っていることは間違っていると言わなければいけないけれど、生一本に「正しいんだからついてこい」だけじゃ人は言うことを聞かない。それが職場生産点というものだと思うんだよね。また、どんなに熱心にやっても、原則を曲げたら、やはり最終的には獲得できない。基本的な考え方としてはそういうことだと思うんですよ。

事故問題は労働運動の課題―責任は資本の側にある

 事故は、どこかで間違いがなければ事故にならない。だけどミスしない人なんて1人もいない。労働者が一つ二つミスしたって事故につながらないように、安全のための手立てをとる義務が会社、資本の側にある。そういう立場に立たないと、反合・運転保安闘争は成り立たない。
 今、医療や介護現場のいろんな事故が報道されるけど、過重な労働を現場にやらせておいて、事故が起こった時だけ当該労働者の責任だなんて冗談じゃないという気持ちは、どこの職場にも共通してあると思う。しかし、そのことを労働運動の課題として真正面から取り上げて、団結で立ち向かうというふうに組織した労働運動というのは、私が知るかぎりない。
 09年度だけで10万人からの人が死傷災害にあい、毎年1千人以上の人が労働現場で死んでいる(厚生労働省資料)。資本の側は、安全設備を一つひとつはがし、労働者の注意力だけが頼りの、そこが崩壊したら即事故というようなやり方をしてくる、それが合理化だと思う。「儲かればいい、事故処理等で利潤が吹っ飛ばない程度に手当てすればいい」というのが資本家の構え。危険が増すことは彼らも承知しているから、労働者に精神教育する。尼崎事故もそうだ。
 そういう労働を強制した会社側に責任がある。そういう立場に立たなかったら労働者は守れない。船橋事故闘争は、その一番最初の道を切り開いた闘いとして決定的な意味があると思うんですね。

事故―資本への怒り

 JRになって動労千葉が初めて列車を止めるストライキをやったのが89年の東中野事故一周年の12・5スト。87年にJRが発足して、翌88年12月に東中野事故が起きた。
 津田沼電車区に行くと、職場全体が沈んじゃってる。庁舎に入っていくと、現場長以下、真っ青。そこで職場集会をやったわけですよ。中野委員長が「こんなことで動揺するな。こんなことをやらせたのは当局だから、もっと怒れ」と演説をぶった。俺は職場集会を現認させないために区長室に区長と助役を閉じこめて、「この雰囲気を見てみろ。こんな事故起こして毎日、新聞に叩かれて、このままでいたらまた事故を起こすぞ」「そういう流れをどうやって止めようと思っているんだ」と聞くと、区長も主席助役も何も言えなくて下を向いている。それで「こういう時は怒らせるしかないんだよ。みんなを〝ふざけんじゃない〟と怒らせれば、緊張するし、ちゃんと仕事をやる。お前らにはできないだろうから、俺たちの方でやる」と。実際、どこの組合員だろうが、また同じような事故をやらせるわけにはいかない。こんなことをやらせたJRに対して怒れと。みんな腹の中ではそう思っているんだから。
 事故に対しての怒りは、事故がなければ沈静化しているけれど、地下のマグマみたいにいつも労働者の中にある。そのことを正しく解放すれば、資本主義打倒ということも含めて、必ず勝てる。そういう大きな基盤が職場の中にあることに確信を持つべきだと思うんですね。そこから外へも、内へもいろんなことやることを積み重ねて、初めて労働者の本当の解放みたいな地点に到達することができると思うんですよ。職場に依拠すれば、必ずどこかで穴を開けられる。突きぬける、そういうのがあると思います。
 小林多喜二の小説で、舞台は北海道の石狩川だと思ったな。そこの農民が土地を地主にとられて、町に出て工場に就職したら、機械に巻き込まれてノシイカみたいになって出てきたという表現があるんだよね。これは1910年代に書かれた小説だけど、今ワーキングプアや貧困で毎年3万人の自殺者が出る状況で、百年前の労働者の現実と、尼崎事故で当該運転士1人だけが慰霊の列から外される―労働者がそういう扱いを受ける現実と、どれだけ違うのか。やはり資本主義が資本主義である限り、その本質は変わらないと思う。

職場生産点に依拠する

 労働運動というのは、職場生産点の1人1人の労働者に依拠する、船橋事故闘争みたいに労働者が納得できる課題、そういうものを愚直にやることの積み重ねの上にしかできないと思う。
 動労千葉は小なりと言えども唯一分割・民営化反対でストライキを打てた。それは、原則的な闘いを職場生産点で積み重ねてきたことがあって初めてできた。動労革マルと対決して、ほぼ丸ごと1400人で分離独立することができたのも、労働者が本当に困っている問題に職場できちんと正面から向かい合うことの積み重ねの上で初めて可能だった。原則を曲げないで、これだ、ということを積み重ねていく。どんな労働現場だって必ずそういう問題はあるはず。いろんな試行錯誤もあると思いますけれど、ブレそうになったらいつも基本の原則に修正していく、そういう闘いを愚直に積み重ねていくことだと思います。

闘う労働者の隊列を

 最初はあんまり気が進まなかった話をしているうちに、いい機会を与えてもらったのかなという気がしています。私は職場のオルグで何回もはね返されたけど、最後には結構多くの人が三里塚まで出てくれるようになった。マル生の時も分割・民営化の時も、このまま渡りきれるか、大変な不安もあった。だけど、団結を守って今日まできている。これまで闘ってきたこと、この先に労働者の未来があるといういうことを話すことができる。この先、次の世代がこうした話ができるような運動体、組織であってもらいたい。そのためには動労千葉と同じような闘う労働者の隊列がちゃんとあることだと思う。そこに向けて6・13でひとつの出発点、橋頭堡を作りあげた。ここにかけて、交流センターとか三労組共闘、11月集会とか国際連帯も含めて、みんなで盛り上げてもらいたいと切実に思います。

【質疑応答の中から】

若い力
 さっき1つだけ言い忘れたことがあります。やはり闘争をワーッと盛り上げるのは、若い力。闘争目的がハッキリしていて、最終的には組合の方針でやるということがきちっと押さえられていれば、そういう突っ走る若さが絶対に必要。船橋事故闘争はどこで火がついたかといえば、70名の職場の順法闘争。やる前は当局も70人で何が出来るんだと軽くみていた。そういう状況を職場から突破しちゃった。そういう雰囲気ができると職場の力関係が一変する。
 だけど順法闘争が出来るようになったのは70年位から。私が支部の役員になった頃は、ストライキやってもまだ脱走する奴がいっぱいいた。公労法で3公社5現業のストライキが禁止されていたから、処分を恐れて、特に年輩者を中心になかなか参加しない。だけど船橋事故闘争で青年部が突出して順法闘争やって、それでたいした処分もされなかった。それを積み重ねて力関係を作っていって、最終的にはみんなやるようになった。最初はできた支部もあればできない支部もある。そういうことも含めて、戦略的にどう方針を出すかという指導部の姿勢、頭の中と生産点がちゃんとつながっていることが本当に大事なことだと思います。

08年08月26日 第6686号

「攻めの改憲阻止闘争」 で憲法改悪攻撃と闘おう

第Ⅷ期労働学校実践講座-第3回講義(8/23)
「攻めの改憲阻止闘争」 で憲法改悪攻撃と闘おう!

「裁判員制度は権力の危機をリアルに示している」 と訴える高山俊吉弁護士

「裁判員制度は、中曽根行革の最後の要であり、改憲攻撃そのものだ!」
高山俊吉弁護士の講演で、勝利の展望をつかむ

 8月23日、DC会館において、労働者学習センター主催の「第Ⅷ期労働学校実践講座」の第3回講義が開催され、動労千葉の各支部代表や東京・関東から参加した受講生が結集する中、憲法と人権の日弁連をめざす会代表の高山俊吉弁護士から、「改憲阻止闘争について」と題して講演が行われた。

「自衛のための戦争」を否定する憲法9条2項

 講演において高山弁護士からは、まず近代憲法について、権力を獲得した新勢力が旧勢力を押さえ込む理念を明確にし、その理念を実現するために構築する国の仕組みなどを規定する基本法である、との性格が明確にされた。そして、日本の憲法の性格として、戦後革命という激動情勢の中で労働者階級の闘いが勃興し、これに恐怖したGHQなどが9条の戦争放棄を入れる代わりに象徴天皇制を維持するという、妥協の産物として制定されたことを明らかにした。そのため、労働者・人民にとって必要な戦争放棄等がある一方で、決して受け入れることができない天皇制等も含まれていることをハッキリと捉えなければならないと指摘した。
 そして、憲法9条2項の重要性に触れ、
これまでの戦争は、全て「自衛のため」と称して行われてきた歴史的事実があること、しかし、9条2項で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と規定しているため、いかなる戦争もできなくなる。極論的ではあるが改憲問題は憲法9条2項の問題に収斂されるとの立場を鮮明にした。

「 改憲」 前の改憲攻撃との闘いが、決定的に重要だ!

 次に、「攻めの改憲阻止闘争」とは、憲法の性格を無視した抽象的な「 平和論」 や「 憲法美化論」 のような曖昧さを残したままのこれまでの憲法擁護運動を否定し、労働者・人民が自らの闘いとして改憲阻止の闘いに起ちあがることであり、改憲攻撃とは明文改憲だけではなく、改憲に向けた全ての態勢作りが改憲攻撃であること、こことの闘いを徹底的に進めることが重要であることを訴えた。すでに海外派兵恒久法のように、国連決議なしに政府判断での派兵が可能で、先制攻撃も可能な法律の制定が狙われており、すでに改憲前の改憲攻撃がすでにはじまっており、こうした攻撃との闘いが決定的に重要だと熱烈に訴えた。
 そして、弁護士の立場とすれば、司法改悪との闘いこそ改憲阻止闘争そのものであることを明確にした。

改憲阻止闘争の中心に、裁判員制度反対の闘いを!

 一方、司法改悪の最大の攻撃として裁判員制度の導入が来年5月から施行されようとしていることについてふれた。
 司法改革とは、中曽根行革の最後の要であり、改憲と戦争国家化に向けた総仕上げの攻撃であることを指摘した上で、制度の本質は、「現代の赤紙」で労働者・人民を権力の下に動員し、「公」=国のために自らを犠牲にさせ、お互いを監視させる現代の「隣組」であることを明確にした。
 また、裁判員制度は「市民の司法参加」という宣伝が行われているが、戦前にはヒトラーが「密告」という方法で「市民参加」を推進していたことなどに触れて「司法への市民参加」自体ウソであること、「司法の市民参加」の本来の意味は、不当な裁判制度に対して批判し、弾劾する立場で参加し、正当な裁判を行わせることにあることを鮮明にした。
 そして、裁判員制度は、資本主義の統治形態が極限的に崩壊する状況の中で出てきた制度であること、裁判員制度の持つ矛盾や不合理(裁判を拒否できない、裁判内容の守秘義務等々)が多くあり、しかも今年5月のアンケートでは80%以上が消極的な意見であること、当初は導入に賛成していた既成政党が延期や凍結に転じるなど翼賛体制破綻し、権力も狼狽するなど、勝利に向けた全ての条件が整ってきたと説明した。
 最後に高山弁護士は、裁判員制度反対の闘いを改憲阻止闘争の中心に据えて闘うことの重要性を訴えるとともに、まとめとして①裁判員制度ほど権力の危機をリアルに示すものはないこと、②「 貧困・格差」 「 蟹工船」 「 秋葉原事件」 等々、全ての闘いを憲法9条2項の関係で捉えること、③そして全ての闘いを戦争国家化阻止の観点で捉えることの重要性を訴えて、講義を終了した。

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